のほほんとしていたら新年度になってしまいいろいろ焦っているしんこです。
今回は久しぶりにしんこの鉄ちゃん史。
しんこの鉄ちゃん史⑤ 小学校中学年から高学年の頃
刺激が多い時代だったのでこの頃の話がしばらく続きます
さて久しぶりのしんこの鉄ちゃん史ですが,1975年(昭和50年)の春に引越しをして小学3年生から中学1年生までを過ごした函館本線・白石は,それまでの富内線,胆振線といったローカル線とは異なり,おそらく道内で最も列車本数が多い大幹線。
自分の中では刺激が強く,いろいろな思い出がある時代なのでしばらくこの頃の話が続きます。
前回のL特急「いしかり」に続いて,今回は道内を所狭しと走り回っていた急行列車の思い出です。
急行列車
函館本線と千歳線の複々線が自宅の前を通り,ひっきりなしに行きかう列車を見ることができた白石の鉄道官舎。
「おおぞら」「おおとり」といった特急列車に目がいきがちですが,それを補完する急行列車も多数運転されていました。
また当時は道内の隅々まで国鉄の路線が伸びていて,急行列車は札幌などの都市圏から地方路線へ直通するという重要な役割も担っていたのです。
列車名は愛称板で
急行列車の列車名を確認するのはドア横に差し込まれたホーロー製の愛称板。
前後のドアの片側に愛称板,反対側には「急行」の列車種別を示した板が差し込まれていました。
愛称板は白地に赤文字で,下側1/3ほどの幅に赤地に白抜き文字で列車名のローマ字かEXPRESSと表記されていましたが,指定席車は黄緑色に指定席となっていて,グリーン車とともに格上の雰囲気を醸し出していました。
時刻表を手にする以前は,高速で走り去る列車の愛称板を目で追っては確認していました。我ながらなかなかの動体視力ですね。
多層建て気動車急行
道内の急行列車の主力はキハ56系気動車。
ほとんどの列車にグリーン車が連結されていて,何本かの列車を併結した多層建ての長大編成を組んだ列車もありました。
多層建ての急行列車は愛称板が編成の途中で変わるので,先頭から最後尾まで1両ずつ目で追ってましたね。
自分の記憶では3本を併結した列車が最多で,「はぼろ」「大雪」「紋別」が1本の列車に纏まって札幌を出発していました。
「はぼろ」は羽幌線経由の幌延行で,深川から分かれて留萌本線,羽幌線へ進んでいきます。
次に旭川で分割されるのが「紋別」で,宗谷本線を北上して名寄から名寄本線に入り,興部経由で遠軽まで。
「大雪」は石北本線を西へ進んで遠軽で進行方向を変え,北見を通って網走までの列車でした。
「紋別」と「大雪」はルートが違えど,どちらも遠軽に着くのが面白いですよね。到着時刻は遠回りする「紋別」の方が圧倒的に遅いですが。
その他には「ましけ」「かむい」,「大雪」「なよろ」,「ちとせ」「えりも」「いぶり」といった多層建ての急行列車をよく目にしました。
多層建ての急行列車は分割・併合を得意とする気動車の特性を活かし,地方から大都市圏へ直通する”おらが町の急行列車”そのものでしたが,羽幌線も名寄本線もはるか昔に廃止されていて,もう2度と見ることはできない列車たちです。
幹線系の気動車急行
同じ愛称名で何往復もある列車は時刻表で「○○1号」などど表記されていますが,列車頻度が高い分,当然目にする機会が多くなります。
当時最も運転本数が多かったのは「ちとせ」で,自由席グリーン車を連結した軽快な4両編成で札幌と室蘭を結んでいました。
その他では網走行の「大雪」,滝川から根室本線経由の釧路行「狩勝」は目にする機会が多かったですね。
逆に1往復しかない列車にはなかなか遭遇することができず,函館と稚内を結ぶ「宗谷」は時間帯も悪く,めったに見ることはありませんでした。
長距離を走破する幹線系の急行列車には必ず車内販売が乗車していましたので,札幌駅で商品を満載したワゴンを積み込んでいるのを見ると,普通列車しか乗らない自分にとっては優等列車が羨ましく,いつかは乗ってみたいなあと思う瞬間でした。
また夏場は白い制服に身を包んだ車掌さんがグリーン車の車掌室から顔を出し,笛の音を合図にドアを操作。ファーンという汽笛が鳴ると一瞬の間をおいて屋根の排気管から一斉に白い煙を噴き出し,エンジン音の唸りもすさまじく長編成の列車が駅を出発して行く…そんなシーンを見るのも大好きでしたね。
電車急行
1975年当時の北海道の電化区間は小樽-旭川間の170.6kmのみで,車両も近郊用の711系電車だけでしたが,2扉デッキ付きという急行形電車に近い車内設備だったため,札幌-旭川間の「かむい」として運用されていました。
3両編成を2本併結した普通車ばかりの6両編成で,気動車急行のように編成にバラエティがなかったのであまり注目はしていませんでしたね。
この列車は同年の7月にL特急「いしかり」として格上げされたため,列車本数が減少。その後もダイヤ改正の度にL特急への格上げは続き,711系電車を使用した「かむい」は1986年に運行を終えました。
客車急行
急行列車には気動車や電車の他に,電気機関車やディーゼル機関車が牽引する客車急行もありました。
ただし,昼行の客車急行は函館-札幌間を小樽経由で結ぶ「ニセコ」が唯一の存在で,自宅の前は通らないので見ることはできません。
客車急行の「ニセコ」は子供心にぜひ乗りたいと思っていた列車で,1977年頃に余市へ日帰り旅行をするときに利用しています。帰りに乗車した急行「らいでん」は普通列車でお馴染みのキハ22形気動車で,急行列車なのにキハ22ってなんだよ…みたいな感じでがっかりした記憶がありますね。
道内の客車急行は主に夜行列車として活躍していて,10系寝台車やグリーン車のスロ54,指定席・自由席車のスハ45,スハフ44に郵便車,荷物車など雑多な車両を組み合わせた編成となっていました。
寝台車やグリーン車はめったに目にすることのない車両だったので,ものすごく惹かれましたね。
しかし札幌を出発するのは深夜で,小学生はとっくに就寝している時間だし,真っ暗けなのでそもそも見るのは無理。逆方向の列車が札幌に到着するのは早朝の6時前後だったので,夜明けが早い夏場&早起きしたときだけ見ることができる特別な列車でした。
夜行の客車急行はすべて札幌発着で,函館行の「すずらん」,釧路行の「狩勝」,網走行の「大雪」,そして稚内行「利尻」の4本。
残念ながらまだ1人で列車の旅ができるような年齢ではなかったので,10系寝台車の夜行急行には1度も乗車する機会はありませんでした。
つづく。